言葉は響く音



私は水晶をみてるひとですが、セラピストとしてカラダに触れることを生業にもしています。
カラダは千差万別。みるだけでもなんとなくぼんやりと伝えることが出てきます。
水晶を見るように、カラダを見てみましたところ、あぁこういうことをカラダをいっているのね、ということもしばしあります。水晶を見ることを続けているうちに、視点をずらす、ということができるよう。ある意味俯瞰でみるスイッチの切り替えができるようになってきたようです。

カラダに意識を向けることはどちらかというと下のチャクラを意識します。
水晶を見る際には意識が上のほうに行きがちですが、最後には下のチャクラが活性化しないと戻って来れません。
なので、カラダを意識することが大事なことのようです。


水晶瞑想会、8/3(水)にやります。
残席2~3。
11時から白金高輪にて
http://freude2012.blog.fc2.com/blog-entry-785.html
お申し込みはお早めに!




以下、メモ的ブログです。
カラダと言葉について。


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言葉、というのはその人の身体を通したもの、なんだろうなと。
ふとひらめいた言葉というのは、風のように身体の中を駆け巡ったどこかしらから降ってきたもの。まるで弦楽器の弦が震えて音が出るかのように。アタマにある知識ではなくそれをいかに落とし込めて理解できたかということが大事(身=カラダになってないと意味がない)のように感じます。知識があっても使えないというのは身になってないということでしょう。身になった知識が言葉に彩りを加えていき、奥行きや幅を与えていく。同時にたくさんの人が同じようにひらめいたとしても、言葉をうまく紡げない人も多くいるのはそこにあるのではないかと。知識を使うっていうことをもうちょっと深く考えて言語化できるとようになりたいのですが、なかなか身についてないのでもうちょっと熟成させてみます…

で、もうひとつ。
占星術でいうエレメントによって、言葉の使い方が違うのはその人の身体を構成するものの違い、なんだろうなと。
私は火と風がおおいので、言葉に重みがない、直感でしかものを伝えられないw
土土しい人には「ロゴス logos」というようにガチっとした言葉を発するような感じもしました。

「言霊」というのもありますが、
使う人によってコトバに「霊」が宿ることもあれば、受け取る人によって「霊」が宿って聞こえる人もいる。これもその人を組織する成分によって変わってくるようで。

カラダっていうのは現実社会、今をいきていくうえで扱うのにいろいろと試行錯誤するもんだなぁと。
魂だけになったらどうなるのだろうか、と思いをはせてしまうのです。魂だけの状態になりそうな、眠る直前をこのごろあまり体験していないので(←すぐ寝てしまい、夢をこの頃見ないのです。)。

ボディワークなどをしていると、ふとこんなことを考え、ヒトの身体というのは分からないことがたくさんあれど、生きていくうえで大切に扱っていきたいなぁと思わざるを得ないのです。カラダと知性、心、意識、魂、というのは切っても切れないのが人間。なので見えているものと見えないものは同列で考えざるを得ないなぁと。漠然と、それら二つは大事なことだ、という風に感じていて、興味があったのですが、水晶を見ることを5年くらい続けているうちにそのことを強く意識するようになりました。体験できることと言うのには限りがあって、すべて知りつくすことは到底できないけれど、身になってくれる経験や知識をもって言葉が発せられるように長生きできるカラダでありたいですなぁ。。。

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Author:freude
品川と宇都宮でボディワーク、エネルギーワーク、水晶リーディング、オーラソーマをしております。

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